【日本の常識】新卒からレールに乗っかった人生の中で気付いた3つの重大なミスと結果

どうも、お疲れ様です。中村です。

 

新卒からのレールである

  • 有名大学に行き
  • 大企業に就職し
  • 500万円を安定して稼ぐ

という日本の常識。

私自身もこの常識や価値感の中にいました。

最近「一般常識を疑え」や「レール」というフレーズがやけに増えだしているなと思うのですが、

それにはやはりれっきとしわ理由はあります。

社会に飛び出た有名大学に行き、特に大学ではやることもなく、新卒からレールにしかれてる。

このような現状に今日本は成っています。

ここで私が実感した、レールに敷かれたままどういう思考や結果に至ったか。

この記事を見れば、日本中に渦巻くズブズブの価値感がぶっ壊れるはずです。

早稲田慶応、有名国立大学出身は正義?

この価値観が植え付けられてると思います。

早稲田慶応・東京大学・京都大学など有名大学を高校のころ、ひいては中学の頃から視野に入れて勉強をしていた人は数多くいます。

もちろんこの事に関して否定するつもりはありません。

自分のなかの人生に目的があり、学位を求めて勉強を頑張っている人もいるはずです。

かく言う私も、そういった有名大学に受からせる私立の高校に通っていました。

 

「茨の道へようこそ」と入学当初に言い放った当時副教頭だった英語教師の言葉は今でも覚えています。

私はこのような私立の中高一貫校に通っていました。

6年間もの間この「学歴こそ正」という価値観のドブ漬けの日々を送り、当時はできない頭で必死に勉学に向き合っていました。

 

ただ、今だからわかるのですが、この価値感というのは何もこの学校に限ったことではありません。

日本全体いや資本主義に倣っている国はほとんどと言っていいほど

「学歴が全てであり、社会のすべて」という価値観となっています。

 

つまり、学歴が無い者は死んだも同然の扱いを受けます。

当時の私は、お世辞にも成績が良いほうではありませんでした。

模試をすっぽかして、ゲーセンで友人と格闘ゲームをしていた過去をも持っています。

 

この時の周りからの非国民感は耐え難いものがありました。

親や先生、周りにいる生徒からは「チームゲーマー」というあだ名を付けられていたことさえあります。

 

今だから言えるのですが、自分なりに真剣に取り組んでいた時期ももちろんありました。

先生に逐一質問したり、ノートもきちんととり勉強合宿や塾にも通っていて、やることは一応やるのですが・・・

 

結局わけのわからない大学に行くことになるのですが、(ここで人生の転機を迎えるとは思いもしなかった)

信じて疑わないのです。

学位を取って、高学歴でいること、エリートである選ばれし人間がこの世の頂点であると。

 

大企業に勤めることが正義?

有名大学や学歴をきちんと取れば、もう一生安泰です。

人生あがり、あとは社会がなんとかしてくれる。

そう、「大企業が自分のことを採ってくれる」という価値観です。

 

もっというと、大企業に勤めて、安定的な企業に就職することを吉とする風潮です。

ニュース番組でも今年の大学就職率は話題になりますし、

どこの大学でも就職支援課なる部署も配置されていたりします。。

大学で勉強する理由は、多くの人が”就職”をするためだと思います。

 

実際に私もそうでしたが、これは教授や先生、事務員、生徒関わるすべての人間における共通の価値観です。

そんななかで、就職をしないやつできないやつブラック企業に行く人を所謂負け組と認識するでしょう。

 

なぜなら、就職して安泰な生活を送れない人だからです。

貧乏なイメージが一生付いてまわるのです。

 

年収は500万くらいないと一般的な生活ができない

その後、エリートと呼ばれる人はだいたい1000万円くらいの年収を稼いで、

年収は500万円くらいないと”普通”の生活は送れない

という認識になります。

 

ワーキングプアという言葉があるとおり、

働いても働いても貧乏という価値観が漂いはじめます。

 

私立の大学に行かせられない。

塾にも通わせてられない。

生活も貧しい。

500万くらいないと、普通の生活すら送れない。

そういう価値観です。

 

何かがおかしいと思いませんか?

何かがおかしいと思いませんか?

違和感を感じませんか?

 

「いや、普通でしょ?」

と言われれば、それまでなのですが。

 

ここまで、説明してきて一辺の価値観が存在します。

それが、”安定”です。

 

1000万というお金を払って子供に養育費をしはらって、

学歴の取れる高校 → 有名大学入学 → 卒業後は大企業に勤める → 月の給料は50万くらい

これこそ正に正しい価値観です。

 

けれども、現実はどうでしょうか?

学歴の取れる高校 → Fラン大学

有名大学入学 → 零細中小企業

大企業に勤める → 月の給料は18万(昇給の見込みほぼ0)

こういう方たちばかりではないでしょうか?

 

これを、かの有名な堀江貴文は近畿大学の卒業式で

「レールに乗っかった人生はとうに終わりを迎えている」

と言い放ちました。

 

この人のすごいところは、事実を言い当てることです。

 

私の周りに、

学歴の取れる高校 → 有名大学入学 → 卒業後は大企業に勤める → 月の給料は50万くらい

このような安泰な人生を送っている人は、1人も知りません。

 

多くの人はどこかで、

学歴の取れる高校 → Fラン大学

有名大学入学 → 零細中小企業

大企業に勤める → 月の給料は18万(昇給の見込みほぼ0)

これらの状況に直面していることでしょう。

 

労働者を大量生産する仕組み(レール)に乗ってしまっている

労働者の一番の概念とはなんだと思いますか?

これも見ているあなたもおそらくサラリーマンやOL、公務員、医業者などの”労働者”でしょう。

企業や病院、市役所という大きい組織に属している労働者。

 

労働者の概念は、あなたの価値のある人生という貴重な”時間を切って売っている”人のことです。

しかも、会社の言うとおりに動いてくれるいわばひとつの駒です。

これらのような人を大量生産してズブズブに洗脳している社会なのです。

 

働いて働いて、「嫌だ嫌だ」と自分の本心では救難信号をだしているにも関わらず

その本心をひた隠しにして、毎日会社のために働く”駒”です。

もちろん駒がなければビジネスがなりたたず、社会が崩壊します。

 

そう、社会が崩壊するのです。

そして、世の中を動かしている人(特に大企業の人)は思うのです。

”大企業に勤め、安定した給料を貰うことこそ正しい”という価値感にしたてあげようと。

「時間を切って売ってあげるよ」という労働者を大量に生産させるための世の中の仕組み。資本主義の仕組みなのです。

 

言っておきますが、安定した生活は、安定して苦しい生活を送るのと同位です。

苦しむのがあたりまえ、苦しんでこそ社会人だ。

安定しないともっと苦しいぞ。不安だぞ。

というずぶずぶの価値感。

 

お金は毎月○日に20万が振り込まれてあたりまえ。

上司の言うことを聞く事はあたりまえ。

60歳になったら退職することがあたりまえ。

苦なくして、稼ぐことはできないと思うあたりまえ。

この一般常識は、あなたの時間を切って売っている労働者である多くの人の常識ですが、

こんな人を毎年何百万人と生産していることこそが日本の実態です。

 

やばさが少しでも伝わってきたでしょうか?

 

時間にはお金以上の価値がある

安定した給料をもらうということは、安定して苦しい仕事を60年間続けるのと同意です。

そして、あなたの”貴重な時間を売っている”ということ、時間はこのように”お金”に変換することができます。

つまり、あなたに与えられた”時間”は、お金かそれ以上の価値があるのです。

 

忘れらません。

島田紳助がNSC(よしもと芸人の養成所)の生徒の前でお笑いとはなんたるかを教えているDVD「紳竜の研究」の最後の映像。

いろいろな価値感が崩壊したDVDだったのですが、最後島田紳助は涙を流しながらこう言いながらDVDは幕を閉じるのです。

 

 

「若い君らと俺とで唯一負けていることがある。それは時間や。」

「君らの時間を買えるのなら10億で買う。それくらいの価値があるということなんやで」

芸能界をトップを走った島田紳助でさえも、過去の時間は取り戻せないのです。

 

時間は価値です。

これは絶対に揺るがない万物想生の価値と言ってもいいのではないでしょうか?

 

まず、このことを再認識する必要があります。

だから私は、時間をかければかける分お金が増える仕組みを取り組んでいますし、

残業なんか撲滅すべき文化であるということを声を大にして言いたい。

 

もうひとつ大事なことをいうと。

あなたの本心に嘘をつくようなことは決してしないでください。

やりたいことをやるべきなんです。人間誰しも、本心はあるはずで、自分にしかない思想があり、それが本来の価値感です。

 

社会が作った常識は、一般大衆が作ったかりそめの価値感。

あなたにとっての価値感では往々にして無いはずです。

 

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